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退任のご挨拶

山田 二郎 昭和45年卒

(支部長退任)

前支部長の山田です。

皆様のお力添えを頂き、遣り甲斐のある楽しい6年間でした。ありがとうございました。

卒業後51年になり、今振り返えると私の緑丘愛の原点は学生時代グリークラブでの夏の演奏旅行にあったかと。道内各地で演奏会を開きました。終わると必ずその夜先輩たちが

「よく来た。よく来てくれた」

「学園讃歌は久しぶりだよ」

「校歌も良かったなあ」

と美味しい料理と大量のお酒つきの歓迎会を毎晩開いてくださいました。素晴らしい先輩がこんなに大勢いらっしゃる。感激し緑丘愛をシャワーのように一杯浴びた思いでした。卒業したら僕もこんな先輩になりたい。そして卒業後も出会いに恵まれ、緑丘愛に包まれた人生に感謝しています。

「山田君。社会人になったらみんな忙しいんだ。君のできる範囲でいいから緑丘会活動手伝ってくれないか」

今は亡きA先輩のこの一言も私の原点です。

 73歳になりましたが、お陰様でまだまだ元気です。コロナ禍があけて、懇親会で皆さんと杯を酌み交わせることを楽しみにしています。

これからも明るく元気で和やかな札幌支部を!よろしくお願いいたします。ありがとうございました。


宮坂 武志 昭和52年卒

(副支部長退任)

宮坂です。

この度、任期満了により副支部長を退任するにあたり、いくつが思い出したことを書きとめてみました。

 

①緑丘会本部の島崎理事長との懇親会

②支部会則の改正

③江別緑丘会の忘年会に出席

 始まる前には江別市長との面会もできお話を伺えました

和田学長(当時)と同じテーブルで懇意にしていただきました

④緑丘戦没者慰霊祭に初めて出席

⑤エバーグリーン講座に2回出席

 講師(1回目は円乗さん:智明寮の2年先輩、2回目は平塚さん:現支部長)

⑥札幌支部の懇親会

 新年交礼会で福引のプレゼンターで引いたくじが和田学長に当たりました

 懇親会の締めを仰せつかり、皆さんに大きな輪を作り手をつないだまま万歳三唱。盛り上がりました。

 

いずれも副支部長でなければ関わることのできないことばかり。

いい経験を積ませていただきました。

ありがとうございます。


上田 一敏 昭和45年卒

(事務局長退任)

往来!! 緑丘会札幌支部

眺望小樽湾、地獄坂、多喜二・整と詩情懐旧を呼び起こす母校への思いを抱き、札幌支部事務局に参じたのは14年前でした。当時、同窓緑丘会とはいえ初見参の方が多かったのですが、日を重ねるうちに卒業同窓生を初め、大学教職員、現役生、企業法人・団体、其々の関係者方々等との交流が出来、現職時にも増して数多の知己知遇を得ることが出来ました。卓越した識見で諸事万事に精通された皆様からのお教えは、新たに世情人世の見方・考え方を学ぶことになり、我還暦後晩年の糧・生甲斐となりました。

支部運営に関わる基本として支部の拡大活性化、母校大学の隆盛発展に与する寄与、関与を意識した活動をしてまいりました。

ひとつには卒業同窓生、同期会、ゼミナール、部・サークル活動等が集まってお茶飲み懐旧談義で母校慕情の感傷に浸るだけではなく、卒業生、現役生へ緑丘会が有する実践営利的な情報を提供することで人が集まり支部の拡大に資するであろう積極生産的な活動を重視しました。

また本来活動として既に大学へ対しては何年も前から定数、定性的な協力支援をしていましたが、ここ数十数年母校の評価評判に深刻な憂慮を覚え、心理満足感の不足から支援願望として母校発展隆盛のために助言提言を行ないました。

卒業生は母校から学び、受けた陶冶薫陶に感謝を忘れることはありません。

明年は小樽、帯広、北見3大学統合の国立大学法人北海道国立大学機構の開学元年です。その3大学の筆頭として燦然たる歴史伝統を誇る母校の存在を心に留めおきたいのです。

今から約60年前、母校自らの大学案内の一節に「眺望絶佳の高台、北海道一を誇る商港小樽を一望に収め、高燥にして閑雅、俗塵を超越した清澄の境地であって思索研究の理想境」(小樽高商・商大の百年より 一部割愛原文のまま)とあり、その集大成の珠玉が「北に一星あり、小なれどその輝光強し」である。

 14年間、母校・同窓を思いやり心持ち清明不撓の親しき支部会員、役員・幹事、事務局員皆様の応援があって努めることが出来ました。

厚い感謝御礼を捧げ、札幌支部永劫不滅のご繁栄をお祈り申し上げます。